祖父

 

じいちゃんは、元大日本帝国海軍兵士だった。

もう天国に行ってしまって20年以上にもなるが、

子どもの頃、じいちゃん家に遊びにいくと、海水浴に連れていってくれたことを思い出す。

 

海岸はじいちゃん家から歩いてすぐのところだった。

軍隊訓練で一日中泳いでいたというじいちゃん、何キロでも泳げるぞ!

と自慢げに語っていた。

さすがにもう、そんな無茶はしませんでしたけど、

いきなり、ふんどし一枚になって海に潜ろうとするので、

幼心にオロオロしたもんだった。

 

孫から見れば、そんなに怖い感じはなかったけど、どちらかというとガンコジジイなんだろな。

曲がったことが嫌い、適当に流すことが嫌い、心にないことは口にしない、悪く言えばバカ正直。

 

今でも、鮮明に覚えていることがある。

まだ小学校に上がる前か、そこらの頃だったと思う。

兄ちゃんとワタクシ二人を、デパートの最上階にあるレストランに夕食に連れていってくれた。

今は外食なんて珍しくも何ともないのでしょうけど、ワタクシが幼い頃は、外食というと特別なもので、ワタクシも兄ちゃんもウキウキだった。

「好きなもの食べなさい。」

食べ終わると

「フルーツも食べるか?」

食欲旺盛なチビ二人は、食後のデザートまで頬張った。

 

閉店時間も迫っていたのか、店内の客は少なくなり、

すると従業員たちが空いたテーブルを隅に引き椅子を重ねていき、

閉店の片付けを始めた。

その様子を見ていたじいちゃん、突然従業員を呼びとめ、怒鳴った。

「まだ食事をしているというのに、片付け始めるとは何事だっ‼︎」

周囲の目も気にせず、大声を張り上げる。

「わざわざ訪ねて来てくれた孫達と一緒に食事をしているんだぞ!」

幼かったワタクシは、何故じいちゃんが、そこまで激高しているのかわからず、

そこまで怒んなくても・・じいちゃん、おこりんぼだなあ、と

顔を真っ赤にして怒っているじいちゃんをポカンと見ていた。

 

大事な商談をしているわけでもない、ほんの子ども二人を連れての食事である。

だけど、じいちゃん、自分たち幼い二人を、本当に大切な人として見ていてくれてたんだ。

大切な人との楽しい食事の時間、それはじいちゃんにとって、かけがえのないものだったに違いない。

歳をとった今、そう思う。随分時間がかかったな。

 

一度だけ、戦争の時の話を聞いたことがある。

あまり多くは語らなかった。

「海軍だから、船に乗って戦うんだよ。」

「えー?船に乗って戦うの?」

「そう、ボートで沖に出て敵の飛行機を撃ち落とすんだ。」

空からは米空軍戦闘機の、容赦ない爆撃が降り落ちる中、空に向かって弾を放つ。

隣の操縦席にいた同僚兵士の太ももに敵の弾が命中した。

負傷した同僚を横に、その時じいちゃんは何を思ったのだろう。

「死」か「怒り」か、それとも「無心」か。

それでもなお、空に向かって弾を撃ち放つ。

高揚する様子もなく、ただ淡々と話してくれた。

人と人とが公に殺し合うこととは、一体どういうことなのか。

体験した人でなければ、語りようもない。

 

もし、生きていれば、もう100歳を超えている。

ガンコ者だったが、まっすぐな人だった。

いつの日か、天国でじいちゃんに出会うそのときに、恥ずかしくないような生き方をしよう。

夜な夜な、パソコンの画面と向き合いながら、なんとなくそう思った。

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